フォトグラファーとしての想い

写真がどんどん手軽になる時代

人間の記憶とは意外と曖昧でもろいものです。昨日の夕飯はどんなメニューだったかと思い出そうにも怪しいものです。写真とはそんな曖昧な記憶を鮮明にする素晴らしいツールです。今ではスマホで簡単にその写真を残すことができますね。

そんな誰もが気軽に綺麗な写真を大量に残すことができるこの時代に、我々プロのフォトグラファーにはどんな指名が課されているのか、私はいつもそんなことを考えます。

その一瞬を輝かしい思い出にする、それが私の仕事

私には二人の子供がいます。かけがえのない存在です。彼らの成長を見ていると今の彼らは今しか残せないと常々感じます。皆様も同じことを感じていませんか?スマホで日々の成長を撮影するのも素晴らしいことですが、たまにはその成長の1ページをより輝かしい1ページにしてみませんか?

そう、子供の成長であってもウェディングであっても、同じ一瞬、1ページをより輝くものにする、それがプロのフォトグラファーの仕事だと思うのです。

輝く一瞬は技術だけでは生まれない

私は写真館の息子として生まれました。そんなこともあり根っからのカメラ小僧です。これまでウェディング、家族写真、広告写真、あらゆる撮影に携わってまいりました。

そんな長年の経験で感じていることは「輝く一瞬は技術だけでは生まれない」ということです。カメラはもちろん奥は深いですが、所詮は機械で機能には限界があります。つまり技術だけにこだわっていると、機能の範囲内の写真になるでしょう。

例えばウェディングの撮影ではこんなことを考えます。新婦様は最高のドレスで最高のヘアメイクで最高の状態で結婚式を迎えられました。ではプロカメラマンの仕事はさらに最高の表情を引き出すことです。

この一瞬のシャッターを最高のものにするために最高の環境を作る

シャッターを押すのは一瞬です。しかしプロのフォトグラファーはその一瞬のためにどれだけの準備ができるかにかかっています。羽根田写真事務所では今までも、そしてこれからもそこを追求してまいりたいと思います。

羽根田写真事務所フォトグラファー
羽根田丈和

羽根田丈和 Takekazu Haneda

1973年 新潟県上越市に写真館の長男として生まれる。
1993年 日本写真芸術専門学校に入学。学生時代に友人の誘いで、ブライダルフォトのアシスタントを始める。卒業後は大手広告代理店の写真部のアシスタントとして、車のカタログの撮影など、アシスタント経験を積む。その後、ラボ(当時はまだフイルムが主流)に勤務。ラボに来る編集者からの誘いで週末には車雑誌の撮影をはじめ、商品撮影など、週末フォトグラファーとしての活動を開始。ラボを退社後、自ら活動しながら知り合いのフォトグラファーのアシスタントも行う。この頃はまだ、ブライダル中心ではなく、広告カメラマンを目指していた。
2006年 実家の家業を手伝うために新潟に帰郷。その頃からウェディングフォトグラファーとして、地元の大手結婚式場でスナップ撮影や前撮りを始める。
2010年 某写真館でメインフォトグラファーとして3年間ウェディングフォトや成人式前撮りなどの撮影を任される。
2013年 フリーランスフォトグラファーとして活動開始。
2016年 東京人形町に東京事務所兼スタジオを置く。ウェディングフォトを中心に、広告撮影から子供の記念写真など日本全国で撮影活動を行う。